Daichiin

Daichiin, Masaki-cho


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たびネコ
Tokyo, Giappone7.197 contributi
又兵衛の最期は?
dic 2019
朝鮮出兵、関ケ原の戦い等で武勇を轟かせた戦国武将の後藤又兵衛ですが、ここに夫婦の墓があります。
先に投稿された方が書かれたように史実では「大坂夏の陣」で討ち死にしたことになっておりますが、幾つかの生存説があり、この地で百姓として暮らしたと云う説、知人を頼って奈良へ行き僧侶になった説、長く住んだ場所で愛するお豊と云う女性が居た大分に行き、豊臣家の再興を待ったが、豊臣秀頼の死を知り、自刃したとされる説(こちらも墓がある)等があります。
「大坂夏の陣」で討ち死にした話の流れでは伊達家の家臣片倉重長の鉄砲隊に致命傷を負わされ、死期を悟り、従者に介錯させて自身の首を伯父が住職である伊予(愛媛)の長泉寺に運ばせた・・・と云う説が有力な様です。
いずれが真実かは判りませんが(もしかしたら全て異説で真実は別にあるかもしれませんが)戦国武将の縁の地と考えると、一見、普通のお寺ですが、見え方も変わって来るような気がします。
きっと「デキる人」だったら一句浮かんだりするのでしょうが、私には浮かびませんでした。。。
Scritta in data 7 febbraio 2020
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風来坊閣下
Singapore, Singapore140 contributi
伝後藤又兵衛の墓
dic 2010
松山から少し足を延ばして加藤嘉明が松山に移る前の町 松前町に足を延ばすことにした。
後藤又兵衛の墓は松前城跡に行く途中偶然見つけたものである。
何も変哲もない寺の山門に入ると山門の裏に二つの小さな五輪塔がありそれが又兵衛夫妻の墓であるという。
この地域では又兵衛は大坂の陣で死んでおらず旧友の加藤嘉明を頼って松前に落ちてきてそこで百姓となり地域の開拓に貢献したという。
昔松前町には後藤堰、後藤新田などの地名があったことからその名残をうかがわせる。
松前町は普通の田舎町で加藤嘉明がいたころは偲ぶしかないかいくつかの史跡が残っている。
このような街をふらふら歩いていると思わぬ発見に出会えるから面白いものである。
講談で有名な後藤又兵衛を偲びたい人は行くことをお勧めする。
Scritta in data 1 febbraio 2011
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